P7の旅行記録 -2014/11/22-
新潟県 道の駅 越後出雲崎天領の里


新潟県道の駅巡りの6件目です。
今回は海の見える道の駅、越後出雲崎(えちごいずもざき)天領の里になります。
天領の里とは?何やら見える石油掘削機械のようなものは?


-施設情報-
所 在 地:新潟県 三島郡 出雲崎町 大字 尼瀬 6-57
電話番号 :0258-78-4000
最寄り道路:国道352号


写真1

今回は国道116号から国道352号へ。
とても道が広く走りやすいためか、皆さん非常にペースが速い。


写真2

国道116号を走行していると大きく「道の駅天領の里」と書かれた看板が見えますので、その看板に従って走ります。
曲がる所にきちんと看板が掲げられているので、迷う事はないでしょう。


写真3

道の駅 天領に到着しました。
当日は非常に天気が良いためか、バイクが多く立ち寄っていました。


写真4

今回の道の駅天領の里、駐車台数は153台と広大なはずなのですが、大盛況で中々車を止められません。
祭りでもないのにここまで混むとは…。


写真5

…愛の鍵箱?
どう見ても錨じゃないか。


写真6

どうやらこの橋の先に行けば真相が分かるらしい。


写真7

早速橋を渡ってみます。


写真8

橋の先には、様々な鍵がかけられていました。
先ほどの「愛の鍵箱」は、ここにかけられている鍵を年に一度回収して保管しておくものらしい。

ここにかける鍵は、売店に売っています。


写真9

よく見ると、船を模したオブジェクトが頭上に。


写真10

橋から戻る時に見えるオブジェクト。
これは一体?


写真11

付帯の公園です。
芭蕉殿が佇んで、句を読んでいました。


写真12

ゆるーい遊具。
しかしエビフライとは発想が凄い。


写真13

施設の中に入ろうとすると、こんな絵画がいくつか展示されています。
何故こんな絵画が展示されているか、その理由は後ほど。


写真14

では試料管となる天領出雲崎資料館に入ってみましょう
いや…出雲崎代官所の本陣か?

何故こんな所に代官所が設置されているかというと、ここは1616年(元和2年)に江戸幕府が直接支配する「天領」となり、越後の国で初めて代官所が置かれた場所なんだとか。
そう、「天領の里」はここから名前が来ているんですね。
当時の江戸幕府将軍は「徳川秀忠」となります。

そして、ここ出雲崎の港は佐渡金山から金を運んでくる港として機能していたとの事。
ここで荷揚げされた金銀は、今の長野県を経由して江戸へ運ばれたそうです。

出雲崎資料館への入館料は大人500円、子供400円になります。


写真15

しまった。入り口のお奉行様を写真に撮るのを忘れてしまった。
入り口にはお奉行様が鎮座しておりまして、我々旅人を歓迎してくれるのです。
しかし撮影しようとして「ええい面妖な奴よ」と手打ちにされても困るのでご容赦を。

この展示されている船は「お奉行船」と言い、金銀を佐渡金山から運ぶ際にお奉行様が乗船された船だそうです。
当時は海賊も出たそうですから、お奉行様を守るための護衛船も付いていたそうで。


写真16

同じフロアにあった千両箱。
実物?
「持って重量を当ててみよう」と書いてあるので持って見ると…重い!
重量サンプルのダンベルが軽く思えてしまう重量です。

正解の重量は、千両箱の正面パネルに書いてありますのでご自身でお確かめ下さい。

一両の価値は江戸幕府が非常に長く続いたことから時代によって様々だそうで、資料によっては現代価格で4万円だとか40万円だとか言われています。
しかし一番安い4万円だとしても、この一箱で4千万円!
我ら庶民には触ることの出来なかったシロモノなのですね。


写真17

実際に使用されていた石碑でしょうか。
「江戸へ百里」。


写真18

その後は民俗資料が展示されていましたが、そこを抜けると「石油資料館」が現れます。


写真19

「石油桶」。
これに石油を入れて運んでいたとの事。


写真20

日本石油の看板。
日本石油と言えば現在日本最大手の石油元売、JX日鉱日石エネルギーの前、新日本石油のさらに前の企業になります。
サンプルの原油などに貼られた「日本石油」ラベルが良い味出していました。


編集後記。
今回は天気が良く、気持ちの良いドライブを楽しむことが出来ました。
まさか出雲崎の港が佐渡金山からの金銀を受け取る港だったとは初めて知りました。
そして、海底油田が存在していた事も初めて知りました。

ドライブの休憩地点だけでなく、資料館としてもボリュームたっぷりの道の駅でした。



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